1957年
アメリカ
監督:シドリー・ルメット
出演:ヘンリー・フォンダ/リー・J・コッブ/エド・ベグリー/E・G・マーシャル/ジャック・ウォーデン/マーティン・バルサム/ジョン・フィードラー/ジャック・クラッグマン/エドワード・ビンズ/ジョセフ・スウィニー/ジョージ・ヴォスコヴェク/ロバート・ウェバー
19Jul.'09 DVD
★★★☆☆
人が人を裁く。。。
むずかしい。
はじめに違和感を覚えたのは、白人しかいないこと。
しかも男性だけ(タイトルも男だった、、、)
50年も前のアメリカじゃ、
公民権運動やウーマンリブの前だから、
当たり前といえば当たり前なのか。
スラム街出身や移民の人がいただけでも、
画期的なことだったのかも。
11人が有罪という立場の中、
ひとりだけ無罪を主張する男(ヘンリー・フォンダ)
その勇気には敬服する。
有罪側はほとんどが感情で動かされていたり、
または早く終わらせたいだけで多数意見になびいていたりで、
とうてい議論と呼べるようなものではない。
それに対して男(ヘンリー・フォンダ)は、
理路整然と無罪を主張する。
そうしていくうちに、ひとり、またひとりと、
無罪へと流れる。
観ていて、なんだか気持ちが悪くなってきた。
ワタシはどちらかといえば死刑には疑問を持っているので、
無罪になるなら、それだけでほっとする立場である。
でもあまりに簡単に意見が変わっていくことに、
またもや違和感を覚えてしまった。
陪審員とは、所詮素人の集まりだ。
有罪側に立っている理由も、
証拠や証言がすべてで、後は感情的なもので、
深く考えて有罪の立場にいるわけではない。
議論の上手い人や冷静な人がちょっとつついただけで、
崩れてしまうような理由でしかない。
この映画の場合なら、
陪審員がちゃんとした議論をするためには、
有罪側にも相等の論理が必要だったと思う。
無罪になる方だからまだいい。
常識的にも観客も含めてそちらの方に気持ちがいくから。
でも逆だったらと思うと、怖くなる。
実際にもっと判断できない、
むずかしい裁判だったら、、、
男(ヘンリー・フォンダ)は一見正しいように見えるけど、
最後の方はほとんど有無を言わさなくなってた。
有罪側の最後のひとりになった感情的な男は、
無理矢理「無罪」と言ってたように見えた。
言わされているかのようだった。
これって、どうなんだろう。
会議室一室で、12人の男の丁々発止の迫力。
場面はほとんど変わらないのに、全然飽きなかった。
映画として、面白いんだと思う。
力もあるのだと思う。
でもどうしようもない違和感だけは拭いきれなかった。
(2009.7.22)
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿