1979年
アメリカ
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:マーロン・ブランド/マーチン・シーン/ロバート・デュバル
08Aug.'08 早稲田松竹にて
★★★★☆
ずっと観たい観なくちゃと思いながら、
いつも後回しにしてきた映画。
ある種の覚悟がなければ
観てはいけないような気がしていた。
(おおげさかな)
そして観てから一ヶ月以上になるというのに、
レビューがずっと書けなかった。
オープニングのマーティン・シーンとドアーズの音楽が、
すごくサイケで'70年代で妙な昂揚感で一気に惹き込まれた。
で、やはり映画的に圧巻なのは
『ワルキューレの騎行』のシーンだろう。
一番の見せ場であり盛り上がりになるのだろう。
キルゴア中佐がまずは狂気であり、
この最中のサーフィン、
ナパーム弾、火の海、ヘリコプター、、、
ある意味、アメリカ軍の茶番劇をみせつけられながら、
ベトナムの森が炎上している。
どこかで沸き上がってくる怒りを感じながらも、
ここですでに、
ああ、戦争なんだ、
わかったよ、もう十分だよ、
そう思い知らされる。
ワタシの勝手な憶測だけど、
コッポラはここまではある程度こうしたいというものが
できていたんじゃないかと思う。
『ワルキューレの騎行』のシーンは、
もしかしたら思っていた以上のできだったのかもしれない。
でもここから先、川を遡って行き、
カーツ大佐に出会ってからが、地獄だった。
映画の物語もそうだし、コッポラや制作クルーにとっても。
どうにも抜け出せない迷路にはまり込んでしまったようだ。
終わらせようにも終わらせることもできなくて、
何かに取り憑かれたかのように
続けるしかなかったんじゃないだろうか。
観ている方も急にトーンダウンして訳がわからなくなるし、
眠くなるし、理解しようにもついていけなくなる。
でも後半部分がなければ、『地獄の黙示録』は成立しない。
それもすごく納得できる。
カーツ大佐は、
実のところウィラード大尉(=アメリカ軍)を
利用したってこと?
ウィラードはこの後どうなるんだろう。。。
やっぱりもう一度、観なくちゃかな。
ベトナムの地は本来は美しい楽園だった。
この地を地獄にしたのは、人間でしかない。
そのことを肝に銘じなければ、
この映画の存在価値はないように思う。
(2008.9.21)
家族の一員になる儀式。
母親の葬式。
古めかしい家長制度の儀式。
家の体裁を保つがための滑稽な結婚式。
少年が青年になる初体験、、、
これも捉え方次第で儀式?。。。などなど。
家長たるものが全てでありながら、
その古くさい風習をアイロニカルに描きつつ、
妙に艶かしいシーンが印象的。
特に艶かしく感じるのは、
満州男少年が校庭で、地面に耳をつけているところ。
いがぐり頭の柔らかそうな短い髪の毛と透明感のある肌の色、
そしてその悩ましい表情が、なんともそそられる。
少年のいろんなものを感じながらもうまく表現できず、
そのままでいるしかない様から目が離せない。
大人になってもどこかおどおどしている満州男。
対照的にいつも不敵で自信たっぷりの輝道。
何かしらにつけ冷めている律子。
家長制度の鬱屈さに、息がつまりながら、
同じような境遇にいながら、
性格はそれぞれになるんだなと思った。
親の立場とかもあるんだろうけど。
それにしても佐藤慶の存在感に圧倒された。
小山明子はさすがにきれいだなぁ。
白い御御足がこれまた艶かしかった。
それから、妙に落ち着かないけど、
でもなんとも美しい音楽、、、武満徹だったんだ。
何気にすごい映画だ。